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日本 と バリ島 の接点
日本とバリ島って歴史的に何か関係がありますか?
意外に知らなかった事実があったりするんですね。


ここはクタ近くのDFS隣接のマタハリデパートです。近代的ですね。

1597年にバリ島へ上陸した最初のヨーロッパ人はオランダ人でした。
それからオランダはインドネシアのジャワ島で香辛料をめぐる貿易を
していたようですね。
オランダがバリ島の侵攻を開始したのは1710年以降の事です。
そして1906年には、バリ島ではププタン(pupuptan)と言う
死を恐れない悲しい自己犠牲の戦いが続き、
やがてオランダの統治下に治められたのでした。

日本軍が登場するのはそれから数十年後の1942年の様ですね。
サヌールに侵攻し、ブレレン(バリ島の昔の交易の港)に司令部をおき、
占領を進めていったそうです。
これも長くは続かず、1945年には日本が第2次世界大戦に負けた事を受け、
バリ島から撤退をします。
バリ島のパダンバイには、今も日本軍の船が沈んでいます。
ダイビングスポットとして有名です。私も潜って船を見ました。


サヌールにバリビーチホテルと言うホテルがあるのですが、
日本の戦争賠償金によってで1966年に建てられました。

私の知人は偶然この建設に関わったという事で
当時のバリ島を訪問した経験があるそうです。
でも、当時のバリ島は建設のために年々開発が進み、
島にある文化財も外国人に買いあさられ、
(実際私の友人は大きな祭事用の
 バロン(バリ島の神様)を買ってきてしまったんですね。
 マジでそれはやめてほしかったです(-_-;))
観光の島への一途をたどっていきました。

このバリビーチホテルは、バリ島では他に無い高層階のホテルです。
私は泊まった事がありませんが、10階建てだとか。
バリ島では、ヤシの木の高さ、2階から3階くらいの高さ以上の
建物の建設は禁止されています。
美しい景観を損ねてしまうからですね。
これは、日本では軽井沢町も同じルールがあるんですね。
軽井沢の町がバリ島に何となく似ている様な気がするのも
この同じルールによるものかもしれません。

日本とバリ島との関係は、占領やホテル建設ばかりでなく、
水田の耕作の手法について指導を行ったとか、
爆弾テロの時に警察の鑑識関係の仕事の助力を行ったとか、
いろいろ聞きます。
バリ島と日本の関係は、地理的に遠い様で、
結構いろいろあるんですね。


ちなみに今年2007年に開催される
京都議定書締約国会議は、
バリ島で行われるんですよ!


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Posted by : kokokan611 | バリ人日記 | 17:49 | comments(0) | trackbacks(0)
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